介護士は底辺職か?【大切なのは家族と友人だけ?】

介護士として働く前は、介護士に対して良いイメージを持っていなかったけど、
今自分は介護士で6年働いていて、
仕事には手ごたえを感じている。

少なくとも底辺職だなんて思ってない。

介護士として働いている人や働こうとしている人が、
世間の風潮やインフルエンサーの話を真に受けて介護職を止めた方がいいのではと思う前に、
もう一度考えてほしい。

なぜ介護士が底辺職だと思ったんだ?

もしかしたら、
君は様々な事情で疲弊しているかもしれない。

沢山傷ついて、
今すぐ逃げなくてはいけない状況かもしれない。

だけど、
一旦落ち着いた後でいいから介護職について思い返してほしい。

介護士の一番大事な事って何だろう?

利用者の尊厳を守って地域社会の一員として?

そんなかたっ苦しい言い回しはやめて、
もっと素直な言葉でいい。

つまり、楽しい人生を送れるように、
利用者さんだけじゃなくて職員も、
幸せになれるために何をするべきか、
何を考えるべきかが大事だと思うんだ。

介護士が底辺職と思われてしまう事、
または自分が思ってしまうことは、
良い状態ではないよね?

ではどうすればいいだろう?

何が足りないのか?

環境なのか、スキルなのか、人間関係か、お金か?

底辺職だと馬鹿にされることもなく、
介護士は社会にとってなくてはならない大切な仕事だと、
君が介護士を選んだことを誇れるようにこの記事を書いた。

ぜひ読んで欲しい。

①ホリエモンとひろゆき氏のコラムへの反論
②ローマ教皇の話「最悪な貧困とは何か?」

①ホリエモンとひろゆき氏のコラムへの反論

雑誌『週刊プレイボーイ』で連載中の対談コラム「なんかヘンだよね」で、
ホリエモンとひろゆき氏が介護士の給料について語っていたものを引用する。

ひろ 堀江さんが、またツイッターで絡まれてるみたいですね。

ホリ うん。介護職の人の給料が低すぎるって話題があったから、
「誰でもできる仕事だから、単価は残念ながらなかなか上がらない」
とか
「ロボットに変わって、多くの仕事はなくなるよ」
ってことを言ったら、
ちょっとした炎上になってるみたい。
結構、執拗に絡まれたりしたんだよね。

ひろ 反発する人が多いのもわかりますけど、
堀江さんのいってることって事実ですよね。
介護職って重労働だと思いますけど、
未経験者でも就けるので、
そこまで特殊なスキルがあるわけではない。
つまり、
参入する人も多い業種なので、
給料が他の業種より高くならないんですよね。


ホリ それを伝えたかったんだけど、
感情的に反発している人が多いんだよ。
「現場はこんなに大変だ!」
とか
「それならお前がやってみろ!」
とかヘンな反論ばかりで辟易するわ。

ひろ ずっと同じような仕事を続けていても給料が上がっていくわけではないですからね。
で、結局、歳だけ取ってしまうような。

ホリ それが現実だよね。

ひろ 例えば、プログラマーはスキルがつけば転職にも有利ですけど、
介護はそうはいかないですよね。
まあ、人づき合いとかは覚えられるかもですけど……。
そう考えると、需要があるからって若者が介護職ばかりやるようになるのは、
日本の将来的にはどうなのかと思う部分もありますよね

ホリ 結局、つぶしがきかない仕事ってことになるよね

ひろ 雇われの身で給料が大幅にアップするのは相当厳しいですよね。
一発逆転があるとすれば、マネージャーになるとか、経営側に回るくらい。

ホリ ひとつ考えられるのは、
富裕層専門の介護施設に勤めるとかかな。それならありかも。

ひろ なるほど。
でも、そういう人脈が作れるならいいんですけど、
結構、難しそうな気がします。

ホリ 要は、介護保険の制度内でやってるうちはどーにもならないってことなんだよ。
そもそも介護保険制度の設計が間違えてるんだよね。
今って賦課(ふか)方式(年金のように毎年の給付をその年の収入で賄う。
そのため、少子高齢化社会には不向きといわれている)で、
誰でも最低限の介護が受けられるようになってるじゃん。
これって介護の報酬に限度を設けることでもあるんだよ。
だから、
介護保険制度で働いてる介護職の人の報酬を上げようとすれば税金で賄うしかない。
ひろ 税金で賄うとなると給料はたいして上がらないですよね。
経済原理が働くならまだしも。

ホリ あと、現場の介護職の人たちが中抜きの対象になっちゃってる。
つまり、
社会福祉法人が儲けてたりする。やっぱり構造的に給料は上がらない仕事なんだよ。

ひろ あんまりハッピーな話じゃないですね。

雑誌『週刊プレイボーイ』で連載中の対談コラム「なんかヘンだよね」より

引用ここまで。

「誰でもできる仕事だから、単価は残念ながらなかなか上がらない」

手厚いサービスを提供している高所得者向けの有料老人ホームや保険外サービスなら、
単価が上がる余地がある。
また、介護業界の人材不足により月給30万円で募集を掛ける事業所が増えてきた。
ある程度経験を積めば派遣で時給1700円の案件も普通にあるし、
訪問介護でも同等の給与が得られる所があるから、
今の職場で給料を上げられないという人は、
他の職場を探すといい。
また、管理者や経営者になることで給料を上げることもできるかもしれない。

「参入する人も多い業種なので、給料が他の業種より高くならないんですよね」

参入する人が多いから給料が高くならないのではなくて、
高い付加価値を事業所が提供できている所が少ないのと、
介護保険内でサービスを提供している所は介護保険内で給料が決まるため、
低賃金となってしまう構造になっている。

これを打破するためには、
保険外サービスを組み込んで付加価値を加える必要がある。

社会福祉という観点を度外視してサービス業として考えるなら、
高所得者向けの有料老人ホームや保険外サービスで高収益を目指せば、
給料は上がる。

「ロボットに変わって、多くの仕事はなくなるよ」

こと介護に関しては、
ロボットでは対応が非常に難しい領域がある。

それは利用者さんとの対話であり、
不穏への対処だ。

利用者さんはロボットに話しかけるだろうか? 

自分の悩みを相談するだろうか? 

ロボットに分かってくれると思えるだろうか? 

多分ありえない。

利用者さんは人間と信じられるレベルの言語能力を備えているロボットでないと、
話そうとも思わないだろう。

だがそのレベルのロボットがいつできるのか?

ロボットが一番浸透しにくい領域がサービス業、
クリエイティブな領域と言われているが、
介護業界は単純労働だけで成り立っているのではなく、
頭脳労働と感情労働の側面がある。

観察し、学習し、判断してゆくロボットが誕生するなら歓迎すべき状況だが、
現時点ではかなり厳しいと言える。

では介護士が社会的な地位が低く見られるのはなぜか?

社会的な地位とは年収や権威性、希少性で決まると思われるが、
介護士による事件がニュースで取り上げられることはあっても、
介護士の日々の努力がニュースになることはほとんどない。

メディア自体がネガティブなニュースの方が受けがいいから、
ニュースがネガティブによるという問題もあるだろうが、
介護業界の側が今まで情報発信をしてこなかった側面もあるだろう。

近年ユーチューブなどで介護について語る人が出てきたが、
それでも情報発信をする人が他業界に比べて圧倒的に少ない。

なぜか?

一言で言えば、
お金にならないからだろう。

メディアが介護業界のいい話をしないのも、
介護士側が情報発信をし続けるのが難しいのも、
お金を稼げる人が圧倒的に少ないからだろう。

希少性に関しても、
医師や看護師に比べて資格ありきな業界ではないため、
「誰でもできる仕事」
と言われてしまう現状がある。

だが誰でも始められるだけであって、
誰でもできる仕事、続けられる仕事ではない。

排泄介助や入浴介助など技術的なスキルも当然だが、
リスクマネージメントや傾聴など様々なヒューマンスキルも求められるから、
日々のスキルアップや勉強が求められる。
だが、これら介護士としての能力が周知されているとは到底言えないのが現状だろう。

年収に関しては上記で説明したので割愛するが、
権威性、希少性、言い換えると専門性については介護士がそれぞれに日々の中で経験を積みながら、
情報発信をしていくことが一番の解決策だろう。

今後も介護士による事件は続くだろうから、
介護業界は悪いイメージがつきまとうだろう。

介護経験の浅い人による情報発信ばかりが目立って、
介護業界に熟知した人の情報発信は沢山増えることはないだろう。

それは情報発信し続けること自体が難しいという事情もある。

だけれども、
本当に有益な情報を発信している人は少なからずいる。

ツイッターやブログ等で日々の気づきや問題点を世間に問い直している人は存在する。

介護業界が縮小すると、
社会サービスの受け皿が機能不全を起こしてしまう。

今できることは何かを考え続けながら、
今の仕事を全うしていこう。

②ローマ教皇の話「最悪な貧困とは何か?」

次にローマ教皇の話を引用する。

人やコミュニティ、そして全社会が、表面上は発展していたとしても、
内側では、疲弊し、本物の命や生きる力を失い、
中身の空っぽな人形のようになっている。

(中略)笑い方を忘れた人、遊ぶことのない人、不思議さも驚きも感じない人がいる。

まるでゾンビのようで、
彼らの心臓は鼓動を止めている。

なぜならそれは、
誰かと人生を祝い合うことができないからだ。

もし、あなたが誰かと祝い合うことができたなら、
それは幸せであり、実りある人生となるだろう。

一体、何人の人が、物質的には恵まれていても、
例えようのないほどの孤独の奴隷になっているだろうか。
繁栄しながらも、
誰が誰だかわからないこの社会において、
老いも若きも数多くの人を苦しめている孤独に私は思いをはせる。

最も貧しい人に尽くしたマザー・テレサがかつて、
予言的なことを言った。

「孤独と誰からも愛されていないという感覚は最も残酷な形の貧困である」と。

「何のために生きるのか」
ではなく、
「誰のために生きるのか」
自分たちに聞いてみよう。

「私にとって、最悪な貧困とは何か?」
「最もいい貧困とは何か?」

もし、私たちが正直であるならば、
わかるはずだ。

最悪な貧困とは孤独であり、
愛されていないという感覚であると。

この精神的貧困に立ち向かうのは、
私たちに求められる責務である。

そして、そこに、若い人が果たすべき役割がある。

私たちの選択肢、
優先順位についての考え方を変えていく必要があるからだ。

それはつまり、
私たちにとって最も大切なことは、
何を持っているか、何を得られるか、ではなく、
誰と(人生を)共有できるかということなのだということに気づくことだ。

「何のために生きるのか」
ではなく、
「誰のために生きるのか」
にフォーカスすべきなのだ。

自分に問いなさい。

「私は何のために生きるのか」
ではなく、
「誰のために生きるのか」
「私は誰と人生を共有するのか」を。

【フランシスコ教皇のスピーチ内容(筆者意訳)】

今の日本は新型コロナウイルスによるインバウンド需要の激減、
消費増税により、
東日本大震災のような失われた40年に突入しようとしている。

今まで以上に経済的にも厳しい時代と言えよう。

副業や転職など、ありとあらゆる方法でお金を稼ぎつつ、
自分が何を大切にするべきかをもう一度見直してほしい。
家族が大切──それはそうだろう。
友人が大事──そりゃそうだ。
では隣人は?
家の隣に住む人、仕事先で共に働く同僚や上司、後輩。
通勤途中に出会うベビーカーや車椅子を使って電車に乗る人、
盲人安全つえ(白杖)を使う人への配慮はしているか?

恥ずかしながら、
自分もできてはいない。

だができていないと自覚することが大事だ。

無関心でなくなるためには、
知ることが大切だ。

どこまで周りの人に気を使えているか?

介護職は、
まったくの他人と親しくなるための様々な技術を、
お金を貰いながら手に入れることができる稀有な仕事だ。
どのような状況になっても生きていける人間になろう。

そして優しい人になろう。

介護職は、
他人に優しくなるための技術を得られる仕事だ。

どんどん誇っていこう。

他人をこき下ろしたり、
馬鹿にしたり、
下に見たりするのではなく、
他人に優しくなろう。

頑張ろう(^^♪